もやもやっとした


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和洋折衷料理~アンパンは成功、ちまきチョコは失敗~

新しい食材をいつもの調理法で試してみるのはいいよね。
失敗100あっても1回成功すればハッピー!
名古屋ではあんバタートーストとかあんかけスパゲッティが人気です。
 トーストはアズキの餡、スパゲッティはとろみがあるあん(片栗粉かな)

馬鈴薯おはぎにそうめんシチュー、明治の仰天折衷料理 | Excite エキサイト
日本の食生活を変えた明治の文明開化。明治5年に天皇がタブー化されていた肉を食べたことが国民の食生活に絶大な影響を及ぼしたといわれている。西洋料理の輸入はまず社会の上層から始まったのだ。

その後、明治政府は「富国強兵」をめざして健康という概念を打ち出し、滋養にとんだ牛肉の宣伝に努めたという。そうはいっても、今まで食べていた日本型の食事がすぐに肉を食えといわれてもそうそう変えられるものではない。そこで政府が考え出したのが食の洋風化を和洋折衷の料理として広めること。

明治・大正の時代に女子大学では折衷料理に関する講義なども行なわれていて、婦人雑誌には折衷料理のレシピも残っている。折衷料理といっても食べなれている味付けで食べるというものだが、このレシピが現代から見るとかなりのセンス。たとえば……
(1)馬鈴薯おはぎ……ゆでて裏ごししたジャガイモを団子に丸めて上からあん、きな粉、ゴマなどをふりかける。
(2)そうめんのシチュー……肉と葱を使ってシチューを作る。それにゆがいて切ったそうめんを入れゴマで味付けして出す。
(3)魚サンドウヰッチ……マッシュポテトー(資料のママ抜粋)を煮て小さく切った魚と混ぜる。茹で卵をピクルスと一緒に刻む。“魚を押し枠に入れ中央に卵を要れ上に魚をおき押して枠よりぬき適宜に切る”
(4)ちまきチョコレート・ソース……米の粉(しん)を水にてこね細長く丸め茹でるか又蒸籠にて蒸す。よく火のとほりたる時に、パイ皿に入れて其上よりチョコレートソースをかけストーブにて焼く。

その他、糸コンニャクと切ったタラコをトマトソースの中で煮込むとかマッシュポテトに牛乳、バター、抹茶をくわえるなど当時の方々の西洋素材に対するチャレンジ精神が感じられる品々であります。

ちなみにこの時代に生まれた和洋折衷の唯一の功例があんぱん。考案者は木村屋の創業者木村安兵衛氏である。あんぱんは饅頭とパンを一緒にしたもの、饅頭の西洋版でもある。あんぱんからは後にジャムパン、クリームパンと日本独自の菓子パン文化が生まれたのである。(こや)

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by weblogs | 2005-03-13 00:38 | へぇー